来 歴


女の生涯


石の塀のこちら側から
他人の時間を看視している
いいにおいの空を歩くかわりに
油のしみついた板の間と
形のない明日とのあいだを
一日に百ぺんは往復する
足あとをひとつずつぬぐって行く
生きている証拠を残さない
不吉な声が舞いこまぬうちに
戸口には鉄のかんぬきをかける
窓には忘れずに白い布をひく
それで何となく落ち着く
夫が出て行ったあとで
目をつりあげて鏡の中をのぞきこむ
決して遠くを探そうとしない
自分の顔をみつけてやっと安心する

いつものどがかわいている
心の部屋という部屋が
水びたしだというのに
まだ水を汲みつづける
壁の向こうから夫が帰ってくると
黒い傘をさしたままで抱きあう
世界じゅうがけだるい井戸になって
それからまた雨が降り出す

庭のすみまでたがやしてしまい
ついにベッドの中にも種子をまく
不具のもやしになりませんように
眉をしかめてお祈りをくりかえす
精神は慢性の消化不良
いつまでも芽を出さない
肉体はとめどなくふとる
裸の足まで汗にぬれてくる

望んだ数よりもずっとたくさん
子供の頭が生えてくる
たんぼぼのわた毛のように
地面をふわふわしていたのが
いつのまにか家の表にも裏にも
林のように立ちふさがっている
空の面積が急激にせまくなる
太陽がみえなくなるまで生きている

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